2006年 08月 18日
こんなものを聴いた2
 引き続きいきましょう、勢いがあるうちに、、。
 ここでは、僕が凄い好きで、こんなにカッコいいのに!と思っているのに、一般的には余り知られていない、或いは、評価されていないようなモノを取り上げていきたいと思っています。ていうか、今思いました。

b0054702_13232188.jpg てことで、次は何がいいかな、と悩んだ結果やはりコレ。Red Krayola"Hazel"。もう出て10年くらい経つし、その後に出たアルバムもどれも良いのだけれど、僕とRed Krayolaの出会いとして余りにも鮮烈なアルバムだったので、敢えて取り上げます。ドラッグシティより96年の作品です。

 Red Krayola/メイヨ・トンプソンの存在を知ったのは、このアルバムを聴く数年前だったと思います。当時大好きだったGalaxie500が2ndアルバム"on fire"でカバーをしていました。それはRed Krayolaの68年の2ndアルバムから"Victory Garden"という曲で、はっきりしたメロディや盛り上がりも無く、ぼんやりとしていて掴み所が無いなぁ、というのがその当時の印象。で、その後テキサス・サイケというものの存在を知り、色々と調べていったのです。当時は当然ながらネットも無く、それこそ雑誌やらCDの解説やらを隅々までチェックしたものです。特に『ロック・オルタナティヴ パンク/ニュー・ウェイヴ&80'Sb0054702_13235547.jpgという本は、凄く参考になりました。大鷹俊一氏の解説は本当に信頼できます。
 
 んで、そんな文章から受けるRed Krayolaのイメージというと、やはり『アヴァンギャルド/オルタナティヴの帝王』というもの。60年代のライヴでは、あまりのノイズの凄まじさに会場に居合わせた犬が死んだ(笑)とか、イギリスに渡ってラフトレードの創立に関わるとか、ドイツ地下シーンに潜伏(笑)とか、なんか分かんないけど凄そうだ、みたいな。
 
 まぁ、実際にそんな作品もあるのだけれども、この"Hazel"を聴いた時は、何というか非常に爽やか、というかスッと染み込んでくるような感じを受けました。基本的には、スカスカの音像にギターやシンセサイザーがぺローンと絡み、メイヨのトローンとした唄が乗る、という感じか。当時注目されつつあったジョン・マッケンタイアやデヴィッド・グラブスをはじめとする所謂シカゴ音響派の人たちがこぞってバックを務めているせいもあるのか、どちらかというと洗練されている印象すらあります。
 もちろん、極端な変展開や今にも演奏が止まりそうな間延びしたブレイク(これがたまらない!)や、女声コーラスがまるで轆轤首のように伸び縮みする曲やら、アシッド感満載ではあるのですが、でも、それは全てどちらかというと淡々と進んでいくのです。極端に盛り上がることもなく、「こりゃ、アヴァンギャルドだ!」みたいに指差して示せるような感じもなく、やはりどこか掴み所の無いまま。でも、何度か繰り返し聴いているうちに、その掴み所の無さ自体にズブズブと自分の感覚が沈み込んでいくのに気が付くのです。

 僕は、思うのですが、テキサス・サイケというかRed Krayola的アシッド感というのは、陶酔ではなく覚醒によって起こるものではないでしょうか。ドラッグやらアルコールやらで意識をぼかすことによって外界をカラフルにするのではなく、意識を研ぎ澄まし外界を注意深く眺めることによって、元々の在り方とのズレやブレや別の本質に気付くこと、それがそのアシッド感の素ではないか、と。
 その感覚に一度馴染んでしまうと、抜け出すのはなかなか容易ではありません。僕はこのアルバムを何度も何度も聞きました。それもごく日常的に。そこには日常と同じように、ズレやミスがあり(結構ギターのミスタッチが、、)、相反することや一見関係ないようなことが、同時に鳴っているのです。
 例えば、九州を横断している台風のせいで外からは凄い雨風の音がしていて、僕は未だ夏風邪が治らずボォッとした頭でキーボードをカチカチと叩き、エアコンのモータがブーンという音を周期的にたて、台風が来てなかったらホントは今日は海にいるはずだったのにな、なんてことを恨めしく考えている。そんなような同一軸上のパラレルな状態が、一つの曲で表されています。それも、所謂ポスト・ロック的に何層もレイヤーを重ねて奥行きのある音に、なんていうのではなく、あくまで全て並列で鳴っている状態。
 誤解を恐れずに言うなら、ピカソやらの絵画のキュビズムに近いものがあるのかなと。見えている部分とその裏側にある本来全く見えない部分を思わず同一面に描いてしまっているあの方法論と同じ感覚ではないのでしょうか。向かい合っている二人は、全く逆の風景を見ているのに、その二人にとっては同じ風景であること。そんな感覚。

 昨年、Red Krayolaのライヴを観ることが出来ました。メイヨはもう60歳!にもかかわらず、非常にアグレッシブな演奏を見せてくれました。まるでパンク・バンドのような。
 ヘンテコなリフをメイヨが弾き倒し、飄々と歌い、時にはガナり、無理矢理キメで曲を終わらせる様は最高でした。まさにロックンロール。1時間半くらいやったでしょうか。アートってのは、自分の好きなように感じだままにやるべきだぜ、と言われているような気がしました。そして、それがロックンロールになるなんて最高じゃないか! 僕はそう思いました。
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by marr_k | 2006-08-18 13:27 | Comments(0)


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