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2006年 08月 29日
こんなものを聴いた4
 こうなったら、お次はテニスコーツです。もう何度も書いてますが、ここ数年来のフェイバリット。ホントになんでテニスコーツはこんなに素敵なんでしょう!?

 一応基本的情報としましては、さやさんと植野さんという夫婦を中心とした東京の不定形のユニットで、マジキックというレーベルもやっています。先述のマヘルとの関係も深く、メンバーとして参加したり、アメリカやヨーロッパをツアーしたり、或いはマジキックからのリリースもあります。
 て感じで、僕もそこまで詳しいことは知りません。東京は遠いな、、。ていうか、まぁ、なんとなくネットやら雑誌なんかで一応知ってますが、そんなことはどうでも良いじゃないですか。ともかく、彼(女)らは、これまで何枚かのCDを創っていて、それがとても素敵なのです。

b0054702_127948.jpg テニスコーツを初めて聴いたのは、当時一緒に17erという荒々しい(?)バンドをやっていたアフロチカから突然CDを貸されたことからでした。何故アフロチカが僕にそのCDを貸すことになったのかは、全然覚えてないのですが、おそらく全く突然だったと思います。僕は、例によって雑誌とかでマジキックという何とも言えないレーベル名とテニスコーツというこれまた何とも言えない脱力した名前を知ってはいたのですが、特に興味を持っていたわけでもなく、誰かとそんな話をしたでもなく、凄く不思議に思った記憶があります。で、何となくテニスコーツというバンドはギターポップみたいなのではないかと勝手にイメージしてたので、全く期待せずに、まぁとりあえず借りたから聴くか、くらいの感じで聴いたんだと思います。それが、"テニスコーツのテーマ"というミニアルバム。2000年リリースだそう。レーベルはもちろんマジキック。
 んで、聴いてみて最初の印象としては、いい感じにのんびりしたポップ・バンドだな、というものだったでしょうか。所謂ロウファイ(この表現は今有効なのでしょうか?)でシンプルな演奏と割りにポップソングの定型に則った曲に、メロディを一生懸命追いながら唄うさやさん純朴な声。ちょっと昔のアイドルチックな声だなと思ったり。仲間で遊びながら創りました的な内輪乗りな雰囲気も感じつつも、なかなか良いじゃないかとか思いながら何度か聴いているうちに、いつの間にか堪らない魅力を感じるようになりました。

 この魅力は何なんでしょうか。確かにマヘルも含めてマジキック周辺(という言い方をしてもいいのかな?)の人たちには、良くも悪くも内輪乗りな雰囲気があります。んで、僕は基本的に内輪乗りなものは余り好きじゃないのです。内輪乗りのものの多くが、自己満足的で結果的に表現のレベルが低いものが多く、酷いものは、怒りを覚えるほど酷いですから。僕ら楽しげでしょ?みたいな。そういうのは、自己満足的でありながら自意識過剰だったりする。卑屈なくせに傲慢。うまくいかないときの為に、自分が楽しければいいから、という言い訳が既に用意されている。
 でも、このマジキック周辺には、僕はちょっと憧れというか羨ましさを感じるのです。その内輪乗りがそのまま世界に広がっているようなそんな感じ。単純に表現の質が高いというのもあるのでしょう。例えば、パステルズを中心とするグラスゴー一派。カルビン・ジョンソン率いるKレーベル。昔であれば、ロバート・ワイアットを始めカンタベリー・ミュージック。どれも、内輪乗り的でありながら、自分の好きなだけを続け、結果的に世界へと広がっているような。特に、グラスゴー一派は10年位前まで(多分カート・コバーンが死ぬまで)は、批判されてたりしましたね。
 マジキック周辺には、そんな羨ましい内輪乗りを感じるのです。特に、音楽性を含めてカンタベリー・ミュージックに近いものを感じます。あと、誤解を恐れずに言えば、60年代の学生運動の時の緩やかな左翼グループのような。(ノンポリというのは、本来リベラルで穏やかな左寄りの思想の事を指すのではないでしょうか、、?)
 まぁ、ともかく僕は、仲間で楽しく音楽を創りながら、それが表現として質が高いものになるということに、凄く憧れるのですよ。彼らが不定形で課外活動が多いのは、周りに素晴らしいミュージシャンやアーティストが集まり、それが言ってみればコミューンのような感じになっているのではないのかなぁ、と遠く九州から想像するわけです。

b0054702_1273985.jpg ちょっと話が逸れましたか? ともかくテニスコーツは素敵なのです。その後の作品も凄く良いです。最新作は"ぼくたちみんなだね"。結構凄いタイトルですね。ちょっとスピッツの名作2nd"名前をつけてやる"を思わせます。そんな根源的な暴力性。そういえば、"テニスコーツのテーマ"では『人間は音楽です。』という驚きの名フレーズがあります。スゲェ。
 お二人が参加している作品も素敵なものばかり。マヘルは言わずもがな、DJ Clockとさやさんがやっているcacoyや、二階堂和美嬢と一緒に出したにかスープ&さやソースもちょっと驚きでしたし、関連作では、アンデルセンズや二階堂さんの新譜も素晴らしかった! 是非。

 昨年だったかテニスコーツのライヴを観ることが出来ました。このブログでも少し書いたとおりライヴ自体は個人的にはアレだったのですが、ライヴを観て思ったのが、やっぱりテニスコーツというはさやさんがメインなんだということ。僕は、この人はどんどん表現としてストイックになっていくのではないかな、と思いました。ライヴでも少し感じましたが、自分の声を楽器と捉え、それを媒体としたボイスパフォーマンス的なものなど、更に抽象的になって、ダイレクトに表現の本質を表そうとするのではないのかな、と思いました。
 テニスコーツの魅力というは、そんな自然体の前衛性にあるのではないでしょうか。羨ましいな。
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by marr_k | 2006-08-29 01:29 | Comments(5)
2006年 08月 19日
こんなものを聴いた3
 さて、調子に乗ってもう一ついきましょう。Joan of Arc~Red Krayolaときたら、僕の中ではコレ。Maher Shalal Hash Baz(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ/以下マヘル)。日本を代表する(というかやってる本人は代表するなんていう概念自体無いでしょうが)、サイケ(?)・ユニット(?)。ていうか、ジャンルは何と言えばいいんでしょうね? ちょっとググッてみると、分類は「サイケデリック」「ストレンジ・ポップ」「ロウファイ」などなどありますが、どれもしっくりこないですね。ともかく、僕の中では先述のRed Krayolaに一番近いのがマヘルなのです。

 80年代からアンダーグラウンド・シーンでは伝説になっているシェシズなどで活動をしていた工藤冬里という人がリーダー。僕は80年代の日本のアンダーグラウンド・シーンについて余り詳しくないので、ここではその辺の経歴は省きます。一応、資料的に何枚かは持ってますが、どうもあんまり入れ込めませんでしたので、、。あと、陶芸家でもあるそうです。四国在住。

b0054702_127642.jpg 僕は、確かずっと前の米国音楽か何かにマヘルの記事が載っていて、それで名前だけは知っていたのですが、きちんと音を聴いたのは割に最近。00年に、大好きなパステルズがジオグラフィックという自主レーベルを作った際に最初にリリースした"from A Summer to Another Summer"というベストアルバムです。話では、マヘルをリリースするために彼らは、ジオグラフィックを作ったとも。なので、やはり最初のイメージとしては、パステルズと近いものを感じました。今にも崩れ落ちてしまいそうな演奏に、ヘロヘロの唄が乗るという感じ。ユーフォニウムや笛や打楽器が牧歌的なメロディを奏で、まるで町内の楽団のような趣。工藤さんの唄も、子供のようなたどたどしさ。
 しかし、聴いているとそんな可愛らしい感じはしなくなっていくのです。なんというか、頭がクラクラしてきます。明らかに頭のネジをグラグラにする確信的な音。パステルズも、同じような崩れ落ちそうなバンドですが、彼らはあくまでもポップソングであろうとしている。おそらく、目指す地点には60年代だったりのクラシックな名曲などがあるはずです。しかし、マヘルにはそんなものが無い。表面上ポップソング的体裁をとっているだけで、中身は全くの純粋なアート/芸術作品なのです。つまり、非常にコンセプチュアル。そんなアート特有の偏屈さが、牧歌的な楽団風の楽曲の奥底に感じられます。ちなみに、僕がマヘルの名前を知った記事には、工藤さんがメンバーに渡す楽譜には鳥やら動物の絵が描いてあることもある、という逸話が、、。実際、アルバムによっては、30分くらいピアノの即興演奏が続くようなものもあったりして。
 そんなアートな(?)マヘルなのですが、しかし、いやだからこそ彼らの奏でるポップソングというのは、ちょっと堪らない魅力があるのです。既成概念をグラグラにされて、結果的にボンヤリとその牧歌的なメロディに浸ってしまうような。ちょっと危険ですね(笑)。

b0054702_1272223.jpg で、それが一番分かりやすい形で現れてるのが、03年に出た"blues du jour(今日のブルース)"だと思います。レーベルは、ジオグラフィック/ドミノ。素敵なアルバムタイトルですね。
 やはり、牧歌的なメロディと今にも崩れ落ちそうな、或いはすでに崩れ落ちている演奏。そこに、わけの分からない日本語の唄が。「良かったね、君がぽよぽよで~」(面接の日)などと、グダグダの演奏で唄われると僕は、どうしたら良いのか分かりません(笑)。そして、そんなグダグダな演奏の中からぼんやり浮かび上がる叙情的で美しいアンサンブル。もう堪らないですね(笑)。あと、マヘルはたまにロックぽい曲もあるのですが、それが意外にもカッコいい。どこか、60年代のサイケデリックなロッカーみたいな雰囲気もあったり(?)。

 しかし、この工藤さんという人、やはり相当偏屈そう。少し前にソロ・ライヴのようなものを観たのですが、自作のヘンな発信機みたいな箱の傍らにずっと座ってるだけで、どうなるかなと思ってたら、突然なにやら飛び跳ねた後ステージから帰ったり。謎でした、、。この人と一緒にバンドとかやるのは大変そうだな、、。
 ちなみに、マヘルはメンバーとか非常に不定形みたいなのですが、よく参加しているのが、僕のここ数年のフェイヴァリットであるところのテニスコーツをはじめ、マジキック・レーベルの人達。この辺も非常に堪りません。是非。
 あと、マヘルがアメリカツアーをした時に、一緒にカーテンズというバンド(一人はディアフーフのメンバーでもある)と周って、そのライヴを収めたスプリット・アルバムが出ているのですが、それも非常に良いです。このアルバムから多くの曲をやっていて、リアルな緊張感溢れるグダグダぷり(笑)が伝わってきて、やはり堪らないものがあります。ライヴ観たいな。
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by marr_k | 2006-08-19 01:45 | Comments(0)
2006年 08月 18日
こんなものを聴いた2
 引き続きいきましょう、勢いがあるうちに、、。
 ここでは、僕が凄い好きで、こんなにカッコいいのに!と思っているのに、一般的には余り知られていない、或いは、評価されていないようなモノを取り上げていきたいと思っています。ていうか、今思いました。

b0054702_13232188.jpg てことで、次は何がいいかな、と悩んだ結果やはりコレ。Red Krayola"Hazel"。もう出て10年くらい経つし、その後に出たアルバムもどれも良いのだけれど、僕とRed Krayolaの出会いとして余りにも鮮烈なアルバムだったので、敢えて取り上げます。ドラッグシティより96年の作品です。

 Red Krayola/メイヨ・トンプソンの存在を知ったのは、このアルバムを聴く数年前だったと思います。当時大好きだったGalaxie500が2ndアルバム"on fire"でカバーをしていました。それはRed Krayolaの68年の2ndアルバムから"Victory Garden"という曲で、はっきりしたメロディや盛り上がりも無く、ぼんやりとしていて掴み所が無いなぁ、というのがその当時の印象。で、その後テキサス・サイケというものの存在を知り、色々と調べていったのです。当時は当然ながらネットも無く、それこそ雑誌やらCDの解説やらを隅々までチェックしたものです。特に『ロック・オルタナティヴ パンク/ニュー・ウェイヴ&80'Sb0054702_13235547.jpgという本は、凄く参考になりました。大鷹俊一氏の解説は本当に信頼できます。
 
 んで、そんな文章から受けるRed Krayolaのイメージというと、やはり『アヴァンギャルド/オルタナティヴの帝王』というもの。60年代のライヴでは、あまりのノイズの凄まじさに会場に居合わせた犬が死んだ(笑)とか、イギリスに渡ってラフトレードの創立に関わるとか、ドイツ地下シーンに潜伏(笑)とか、なんか分かんないけど凄そうだ、みたいな。
 
 まぁ、実際にそんな作品もあるのだけれども、この"Hazel"を聴いた時は、何というか非常に爽やか、というかスッと染み込んでくるような感じを受けました。基本的には、スカスカの音像にギターやシンセサイザーがぺローンと絡み、メイヨのトローンとした唄が乗る、という感じか。当時注目されつつあったジョン・マッケンタイアやデヴィッド・グラブスをはじめとする所謂シカゴ音響派の人たちがこぞってバックを務めているせいもあるのか、どちらかというと洗練されている印象すらあります。
 もちろん、極端な変展開や今にも演奏が止まりそうな間延びしたブレイク(これがたまらない!)や、女声コーラスがまるで轆轤首のように伸び縮みする曲やら、アシッド感満載ではあるのですが、でも、それは全てどちらかというと淡々と進んでいくのです。極端に盛り上がることもなく、「こりゃ、アヴァンギャルドだ!」みたいに指差して示せるような感じもなく、やはりどこか掴み所の無いまま。でも、何度か繰り返し聴いているうちに、その掴み所の無さ自体にズブズブと自分の感覚が沈み込んでいくのに気が付くのです。

 僕は、思うのですが、テキサス・サイケというかRed Krayola的アシッド感というのは、陶酔ではなく覚醒によって起こるものではないでしょうか。ドラッグやらアルコールやらで意識をぼかすことによって外界をカラフルにするのではなく、意識を研ぎ澄まし外界を注意深く眺めることによって、元々の在り方とのズレやブレや別の本質に気付くこと、それがそのアシッド感の素ではないか、と。
 その感覚に一度馴染んでしまうと、抜け出すのはなかなか容易ではありません。僕はこのアルバムを何度も何度も聞きました。それもごく日常的に。そこには日常と同じように、ズレやミスがあり(結構ギターのミスタッチが、、)、相反することや一見関係ないようなことが、同時に鳴っているのです。
 例えば、九州を横断している台風のせいで外からは凄い雨風の音がしていて、僕は未だ夏風邪が治らずボォッとした頭でキーボードをカチカチと叩き、エアコンのモータがブーンという音を周期的にたて、台風が来てなかったらホントは今日は海にいるはずだったのにな、なんてことを恨めしく考えている。そんなような同一軸上のパラレルな状態が、一つの曲で表されています。それも、所謂ポスト・ロック的に何層もレイヤーを重ねて奥行きのある音に、なんていうのではなく、あくまで全て並列で鳴っている状態。
 誤解を恐れずに言うなら、ピカソやらの絵画のキュビズムに近いものがあるのかなと。見えている部分とその裏側にある本来全く見えない部分を思わず同一面に描いてしまっているあの方法論と同じ感覚ではないのでしょうか。向かい合っている二人は、全く逆の風景を見ているのに、その二人にとっては同じ風景であること。そんな感覚。

 昨年、Red Krayolaのライヴを観ることが出来ました。メイヨはもう60歳!にもかかわらず、非常にアグレッシブな演奏を見せてくれました。まるでパンク・バンドのような。
 ヘンテコなリフをメイヨが弾き倒し、飄々と歌い、時にはガナり、無理矢理キメで曲を終わらせる様は最高でした。まさにロックンロール。1時間半くらいやったでしょうか。アートってのは、自分の好きなように感じだままにやるべきだぜ、と言われているような気がしました。そして、それがロックンロールになるなんて最高じゃないか! 僕はそう思いました。
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by marr_k | 2006-08-18 13:27 | Comments(0)
2006年 08月 16日
こんなものを聴いた
 突然ですが、ディスクレビューを始めます。
まずは、The 90 day men"To Everybody"。Southernレーベルより。シカゴのバンドの2002年のアルバムです。2ndなのかな?

b0054702_1494173.jpg このバンド、名前が数字で始まっているので("the"は除かれる)、iTunesのライブラリーの一番最初に並んでいるのですが、その為に車でエンジンを掛けた直後にたまたま自動で始まってしまうことが多々あります。なので、聴くつもりも無く、またこれかよ、、と思ったりもしつつ、ホントに何度も何度も何度も聴いている(聴く羽目になっている)のです。が、にもかかわらず、毎回毎回毎回、何だこれは!?と驚いて聴き入ってしまう、それ程カッコいいバンドです。
 んで、ついさっきも何気なくiTunesを起動させたら、手違いで再生してしまったのですが、やはりいつものように聴き入ってしまい、これはマズイ、といきなりレビューをすることにした次第です。

 で、こんなにメチャメチャカッコいいバンドなのに、余り情報が無い、、。しかも、このアルバム、何故かCDそのものが今手元に無いので、クレジットも分かりません。どこにいったんだろ、、? 確かこのアルバム、例によってアマゾンで買いました。何でかな? 『これを買った人はこれも買っています』に引っかかっちゃったのかな(笑)。
 このThe 90 day menは、まぁ大雑把に分類すると、例によってポスト・ロックとかっていう風になるのでしょうが、まず、このアルバム冒頭の、突然始まる太くて柔らかいベースと空気鳴りまくりのドラム、そしてソウルフルなボーカルにやられてしまいます。このボーカルは、ベースの黒人の人が歌っている模様。そして、そのソウルフルなボーカルと、入れ違うように、低く抑えられた哀愁漂うボーカルが絡み始める。その対比が余りにもロマンティック!! なんて僕だけ盛り上がっても全然伝わらないでしょうね(笑)。

 とにかくカッコいい。全曲長めで6曲で40分余りですが、その間やたらサイケデリックなピアノとゴシックというか、ゴスペル的な雰囲気に呆然と浸ること請け合いです。アンビエンスがやたら響き渡り、太く柔らかい低音が蠢く、緊張感溢れる音質も最高で、僕たちもこんな音で録れたらな、といつも思います。
 一つ前のアルバムも、去年くらいに出た最新作"Panda Park"(笑)も良いですが、このアルバムは格別です。個人的にこのバンドは、Joan of Arcと並んでアメリカン・インディー・ロックのひとつの到達点だと思っています。もっと多くの人に聴かれるべきバンド。

b0054702_1495477.jpg んで、ついでにその僕のここ5~6年くらいのフェイバリット・バンドであるところの、Joan of Arcの1stアルバム"a portable model of"も少し。出たのが97年とかだからもう10年近く前ですね、、。ちょっと驚き。レーベルはJade Tree。
確か、まだ新屋敷にあった頃のカラーフィールドで中古で買いました。穴見さんによると、ピーナッツ・レコードの井出さんが売ったとか、、。
 まぁ、ともかく、このアルバムは個人的には超名盤!! ホントに、これまで何度聴いたことか、そして未だに日常的に聴き続けています。
少し前の、「トータスmeetsフガジ」と言われたりしてやたら実験的だった頃とも、ほとんどティム・キンセラのソロユニットのようになってしまった最近のアルバムとも違い、まず印象が明確に歌ものであること、また、さまざまな音響処理を施しヘンテコなインタールードを配しながらも、バンド的な躍動感が前面に出ていて全体としてポップなこと。そして、何よりも、曲が素晴らしいこと。ギターの鳴りのひとつから、奇妙な構造の成り立ち。ティム・キンセラのヘロヘロのボーカルまで、すべて完璧なのです。
 僕は、このアルバムを聴くたびに、「あぁっ、Joan of Arcに入りたい!!」と思ってしまいます。或いは、「何で僕はJoan of Arcじゃないんだろう?」と。
 今は、 Joan of Arcはバンドとしてはほとんど解体していて、所謂バンド的なものではなくなったのですが、この界隈の、というかキンセラ兄弟、というかキンセラ一族は、owenやMake BelieveやらOwlsやらfriend/enemyやら、もうわけが分からないくらい沢山のユニット/作品を出しています。そして、そのどれもすべからく良いという始末。僕も、なかなか追えなくなっています、、。しかも、ほとんど日本盤は出なくなっていっている状況(果たして、Joan of Arcの新譜は日本盤出るのか!?)。
 でも、僕は結局このアルバムに戻っていくのだろうと、そう思います。是非。
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by marr_k | 2006-08-16 01:55 | Comments(0)